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初盆法要・・・。

今日は父の初盆法要。岩手からの親戚がきてくれた。
父の実家は九州の熊本なのでそこからは誰もこなかったけど。

父が亡くなったのは今年の2月24日。
原因は末期の腎盂癌。
去年の6月に血尿が出てそこから検査検査で病院を転々としてやっと名古屋の名○付属病院で入院する事に。
父の血尿は以前からあったみたいなんだけど、すぐに収まっていたのでほっておいたみたい。
父としては腎臓は2つあるので悪い方だけを切除してもらったらいいと思っていたみたい。
それがステージ5の末期。
病院でも癌細胞が多いくなりすぎていたみたいで抗がん剤を先に投与して癌を小さくたたいておいてからの手術になった。父を説得して抗がん剤治療を受ける事に。
真っ赤な抗がん剤。悪い細胞を死滅させる今一番ポピュラーな癌治療。
いい細胞までも死滅させてしまう抗がん剤。
2クール打ってやっと腎臓の手術へ・・・。
リンパへの転移を心配していたので手術と共に癌の細胞検査も即。
手術といっても外科的に切ってする手術ではなくって腹腔鏡手術といってお腹に3箇所位の穴を開けてそこからメスをいれての摘出手術。
切開と違ってメスを入れないので筋肉も切らないし傷も残りにくいんだ。回復が全然違うんだって。
なんとか手術も終わって検査の結果待ち。
その時点でリンパへの癌が生きていた。
そう、リンパに転移して全身転移する結果に・・・。
その後帰宅してまた抗がん剤を進められた。
今度は新薬を投与するらしい。
父はそれは断ったので近くの病院への転医を希望。そして元いた病院へ転医する事に。丁度11月頃。とっても元気になって帰ってきた。
抗がん剤の副作用で毛も薄くなったので剃っているし体重も相当減ってガリガリに・・・。
胃にも影がチラホラ・・・。

名○付属病院へレントゲンを取りに行くのと紹介状をもらいに行く日がきた。父は行かなくてもいいとゆっていたんだけど、先生にお礼をしたいからといってついて行く事に。
そこで主治医の先生が口にした信じられない言葉・・・。”抗がん剤しないのですか?それだと春はないですよ”
その言葉を耳にしてから父の病状は悪化していった。

元々年をこせるかどうかわからないとゆわれていたんだけど、なんとか正月も迎える事ができた。
1月になると軽い脳梗塞のような感じで倒れて救急車で運ばれた。朝の事だった。
気温が下がっているのと体力が相当落ちてしまってまともに食事ができなくなっていた。
点滴入院する事に・・・。
その時にレントゲンをとったら肝臓にも転移の影が。

その後1ヶ月位してからまた検査の為病院へ・・・。
レントゲンを撮ってビックリ!!
肝臓にあった癌が数倍の大きさに。
胃の影はそんなに大きさに変わりはないんだけど、多少大きくなっている。
父の年齢は63歳。
普通でゆうおじいちゃんではあるけど、癌年齢では若い方で進行が早いらしい。そのため1ヶ月もおいておくとすごいスピードで進行していく。
父の場合リンパに転移しているので早い早い。
脳転移も考えた。最近字を書くのもなかなか書けず、字自体もミミズのような字になっている。

2月の時点でいつ逝ってもおかしくないし、いつ脳梗塞で倒れるかもわからないそうだった。その時に病院に運ばれても延命治療はしないと言われた。よくもって後1ヶ月だそうだ。
結局、前回の先生にゆわれた通りになった。
骨まで転移していた状態で最後までモルヒネを使わなかった父の我慢強さには圧巻です。
kokoが少しでも触ると顔が歪んでしまい、夜も2時間おきくらいに起きてしまう位の痛さらしい。

結局2月24日の朝、父は他界した。享年63歳。
kokoも生まれてとっても喜んでくれてindyの事もとっても大事にしてくれて、その2人と散歩にいけないのが相当辛かったみたいだ。
もう少し生きて2人の成長を見ていてほしかった。
いつも私の好きにさせてくれて我儘放題育ててくれた父。
母とはいつもケンカしてたけど、とっても仲良しだった父と母。
今は空の上から見てるのかな~???
空の上から見守っててね~♪

今になって父と話をしたいと思った。
生きている時にはわからない父の偉大さが見にしみてわかる。
何で死んだの?何で病気になったの??こんな事ばっかり最近思う。
元々物静かだった父なので死んでから半年がたとうとしている今になって寂しさが募ってきた。
もっともっと親孝行しておけばよかったな~!!
でも最後、父は”最高の人生でした。ありがとう!”と言ってたよ
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コメント

63歳でなんて...まだまだこれから!って年齢なのに...。
お父様もkokoちゃんの成長を楽しみにしていらっしゃっていたのでしょうね。
今は遠い空の上からみんなの事を見守っていられるんでしょうね。

親が健康でいる時は、親の存在が当たり前の様に思って
ついつい甘えたり、ワガママを言ったり...
でも、お父様の“ありがとう”って言葉が私には「お前が子供で父さん嬉しかったよ!」って聞こえます。
インママはお父様にとって最高の娘だったと思います!

muさん♪

muさん、ありがと!!
私は父にとっても心配ばかりかけてきた娘です。
だから今でもケッコー後悔してる事はあるんだ。
病気がわかる寸前まで迷惑かけてたからね~・・・。
それでも今は空の上から心配なんてかけれないからがんばってます。
自分に子供ができて父親の苦労や逆に喜びも最近少しづつわかるような気がしてきたよ!
今ではあの痛みや苦しみから抜けれてよかったと思うよ。

お父様の新盆だったのですね。
享年63歳。まだまだお若いのに・・・
私の父は4年前に亡くなりました。今でももっと色々話したかったなんて思います。
亡くしてみて初めて分かる親のありがたみ。
今父に私の声が届くなら、元気です!一言伝えたいな

岩手に行ってこられたのね。
安比高原や小岩井農場。良いところでしょう?
小岩井でソフトクリーム食べましたか?
盛岡冷麺食べなかった?
美味しいんですよ~

レイさん♪

レイさんも同じ気持ちですね♪
みんな亡くなって改めて親のありがたみってわかるのかもしれませんね。それでは遅いのかもしれないけど・・・。
私も父にみんな元気だから心配せず大好きなゴルフでもして遊んでてよ~!って伝えたいです。

ソフト食べたよ~♪
濃厚だよね~、おいしかった♪
冷麺も前回食べたよ!今回は食べなかったので友達が送ってくれました。こっちで食べるのとではまた味が違うのは何ででしょうか??とってもおいしいよね~!
私ははまってますv-344

もしやレイさんは岩手出身なんですか??
岩手通ですよね~v-411

ガン。。

63歳。。私の父と同じ年齢で、インちゃんのお父さんは旅立ったのね。。
抗ガン剤治療の苦しさは、知人をみて知ってるの。。
だから、インちゃんの文章を読んで、
胸がギュっとなったよ・・

私の義父は大腸ガンだったよ。
年寄りだったけど、みるみる間に骨と皮になった。
私は義父が大嫌いだったから、あまり話すこともなかったけど、
今はもう少し優しい言葉をかけてあげればよかったって
後悔してるよ。

インちゃんの場合は実のお父さんだもんね。
辛かったでしょう?
生きている時は憎まれ口ばかり言ってしまったかもしれないけど、
お父さんの最後の言葉が全てを語ってるよ。
インちゃんもお父さんも幸せな親子だったんだよe-266

こんな形で、すいません。
お土産ありがとうございました。
色付きの文字
みんなで美味しく頂きました。
また、インちゃんと遊びに来て下さい。
お待ちしています。

こんにちは。お父さんの最後の言葉はとても素敵ですね。大切な人との別れは辛いし、お父さまもまだ家族と一緒に過ごしたかっただろうに・・苦しい状態でもそんな風に自分の人生を感じ、家族に感謝しながら幕を閉じる・・・とても素敵なお父さまですね。私も目の前で妹をなくしているので、もっと・・・しておけば良かった。って何度も思いました。あれからとても長い時間が流れていますが今でも妹を思い、あの時・・・って思ったりします。この経験を教訓として、今は日々自分に出来るだけの事をしよう、自分の思いを今この瞬間に相手に伝えようと努力しています!

アイリスさん♪

アイリスさん、ありがと♪
ホント63歳はまだまだお年寄りではなく若い方だと思うの。癌年齢ではピチピチだよね。
なので回るのが早い早い・・・。
あっという間に全身転移だからね~・・・。
抗がん剤も打った本人にしかホントの辛さってわかんないもんね~。
アイリスさんのお知り合いの方も癌だったのですか・・・。
これって宣告されるとどんな気持ちなんでしょうね・・。

義理のお父さんも癌ですか・・・。
ホント癌人数って増えてますよね~。
私ももっと元気なうちにいっぱい話しとけばよかったな~、とかいろいろ後悔はあったんですよ。
だから宣告された時にももっと話したかったのにテレもあってなかなか話できなかったの。それが父もテレがあってなかなか話も弾まなかったのにだんだん話をたくさんしてくれるようになったんだ。きっとなんとなく自分の状態がわかってきたんだろうな~。

今は空の上から見てると思うんだ。
きっとindy大好きだったからミルミルと会ってナデナデさせてもらってるかもよ!!
しばらくの間ミルミルに父の面倒をお願いする事にしよう♪

頼んだよ!ミルミル♪

Sweetie Pieのスタッフの方々♪

いつもindyがお世話になってますv-344
また行きますのでよろしくですv-354
indyもシャンプーの日を楽しみにしてますv-411

パリエさん♪

パリエさんも悲しい別れをしてみえたんですね。
妹さんならまだまだ若いのでは???

私の場合急な亡くなりではないので家族で十分看病もしてきたし、父のゆうがままにしてきたつもりなので後悔も少ないとは思っていたのですが、なかなか後悔ばかりです。
これもあれも、といっぱいでてくるんですよ。
63歳。まだまだそばにいてほしかったんですがね~・・・。
父も今では空の上で痛みともさよならしたし、薬の辛さもないし、なんといっても全身に広がっていく恐怖感ともおさらばできたので結果、闘病生活が長引いてしまうよりもよかったのかも・・・。
最近ではそう思って割り切るようにしています。

私も今では毎日を後悔しないように精一杯生きてますよ♪
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